相手の立場を尊重することです

 顧客からの受注の先行きが分かる幸運な企業は規模の大小を問わず稀のようです。これは今始まったことではなく、いつものことです。部品加工業は完成品組立業を頂点とした三角形の企業系列の下辺にいるので、部品加工業自社では受注がこれからどうなるのか先行きは全く分かりません。

 

急に大量受注が入った 

 部品加工業S社長は、ここ2年ばかり受注が足踏みしていました。ところが、今年に入ってから三角形の頂点にいるD社がオウンゴールしてしまい、市場から見放されてきていました。このため、D社の競業企業F社に消費者の人気が集まり、F社の傘下にいるS社には今までなかった受注が舞い込んできています。もちろん、S社の今までの熱心な営業活動と加工精度や品質の向上を地道に実現してきたことが、実ったこともあります。

 S社長は、営業担当からF社やD社の動向や業界自体の動きを聞き取り、また、自身でも業界筋から確かめ、リスクはあるもののこの受注の動向は当面2年程度は続くのではないかと考えて、直ちに加工機器等の発注等の手配を済ませた後に、会議が開かれました。

「このような大量の受注をどう捌くのか」が話し合われ、当然ながら、生産能力をどうするかが、議題の中心となりました。事前に、社長から生産担当には加工機器等の発注や設置の予定が知らされており、どう増産体制を組むのかは検討しています。だが、それでも生産能力を超える分についてはどうするのか、これはこれからの課題です。

 

どう対応するのか

 会議は、古手の品質担当の発言から始まりましたが、やや自身の受け持ち範囲から外れた話しの内容です。

「受注がこんなに増産に結びつくのは良いことでしょうが、こんな多量の受注はなかったことですよ、営業はどのようにする心算なのか、この点があるべきなんじゃないのかな」

 営業は、この会議の目的から外れた発言には耳を傾けず、協力工場の窓口も担当している調達担当に向かって話し始めました。

「どうでしょうか、協力工場を探し当ててもらえるでしょうか。こんな急な状況なのですが」

「そうですね、F社の品物は、ご存知の通り、一筋縄では作れないのですよ。あれだけの精度を出せる工場を見つけるのは、なかなか大変なんですよ」

 若手の品質担当からも、自分の担当範囲から発言がありました。

「協力工場を選ぶために、もちろん加工精度も大事なことですが、品質が確保されることも重要と思います。F社の品物の生産を頼む協力工場には、品質管理の体制があるのか、品質としては事前に出かけて調べたいと思っています」

 営業の若手の一人が、身を乗り出して、この若手の品質担当に向いて話しました。

「そうなんですよ、できあがった品物が公差に入っているのかどうか、検査する機器を持っているのかどうか、これだけでも品管として確かめて貰うと助かりますよ」

 すると、横から総務・人事担当が口を挟みました。皆、真剣です。

「それに加えて、検査する人の能力とでも言うのか、人がいて検査機器を操作しているだけでは・・・ダメですよ。当たり前なことですが、教育と言うのか訓練も要りますよ」

 S社長は、数年前から多能工化は生産だけでなく間接部門でも必要と言い出しています。その効果が、総務・人事担当が視野を広げることに及んでいます。それで、社内だけを担当するのではなく、当社が関係する協力工場にも関心を持ち始めことです。しかし、ここまで話が出ると一段落して沈黙です。

 そこで、中小企業診断士は、社長に断ってから話し始めました。

「F社とは契約があると思います。その中で、生産する場所等が書いてあり、やたらに変えることはできないと思います。たしかF社には『変更申請書』を出して、現場実査等の審査に合格することが条件だったと思います」

 すると、総務・人事担当がハットした顔つきで話しました。

「その通りです。『変更申請書』を出すだけではなく、新しく生産する所の『管理方法届書』も出したり、その他にもあったと思います」

 

協力工場の協力を得るには

 その後の議論は省略します。S社の工場でF社品は作り、F社以外の品物を協力工場で作ることになりました。それで、協力工場の協力をどのように得るのかに話が戻りました。

「確かに、公差厳しい加工ができる機械があること、公差内なのかを検査できる機器があること、それに加工したり検査ができる力量を持った人がいること、これらは大事なことだと思います。でも、まだ足りないと思いますよ、・・・」

 誰からか、「もったいぶらないで話して下さいよ」、と声がかかりました。このような明るい会議は、社長と中小企業診断士が目指していたので、頬が思わず緩みました。

「ハイ、皆さんの話はQCDの注点から見ると、Qに絞ることができますよ。残りのCとDについても考えたらよいでしょう、どうですか」

 すると、若手の品質担当が言い出しました。

「CDと言うと、コストもあるから・・・、そうか、発注価格をどう決めるかですかね注」

「そうか、どの位で協力工場に頼むのか、ですね」

「逆から見ると、どのくらいだったら協力工場が請け負うのかですね。仕事ですから、回って行くだけの数量や売上じゃなければ取引成立しませんよ」

 生産担当も身を乗り出して、言います。

「Dはと言うと、ウーン、こりゃ単純に納期ではないな、これはちょっと難しいですよ」

「納品の早やさかな。競争会社と比べて、と言うのか業界の平均より早いと言うことじゃないのかな」

「そうじゃなくて、お客さんが必要とする日時に届けると言うことじゃないのかな」

 いろいろな意見が出てきましたが、ピタッとする話が出てきませんので、中小企業診断士が話しました。

「いろいろな意見が出てきました。どの意見も魅力的です。先ほど、回って行くだけの数量や売上が要ると話が出ました。それに関係することです。それは、当社がこれから先の発注をどのくらい継続することができるのか、です注。」

「そうか。協力工場の立場に立ってみると、長く安定した注文が来れば、それをもとに加工や検査機器を買い、必要な要員も採用できると言うことですね」

「その通りです。いろいろと投資や採用した途端に注文が来なくなってしまうことが一番心配ですから。皆さんも、今まで苦労されてきたでしょう」

 S社とお付き合いしてから、どんどん若手の皆さんが成長するので、大したものと思っていました。

 すると、S社長が話し始めました。

「そうですね、今まで実績のあるからの発注や安定している発注を協力会社に流すようにしてゆきます。大きく伸びはしないがあまり上下しないところです。幸い、業績も皆の努力で良い方向ですので、そのくらい余裕はあります」

 事実をもとに経営することは、当然です。分からないことを「こうあったら良い」と思っていても、経営はそうは行きません。協力会社の協力を得るには、生産量が安定していることも大事です。S社長は、自分がさんざん苦労してきたことを思い出しているようです。

 

中小企業診断士 窪田 靖彦

注:QCDとは、「Quality(品質)」「Cost(費用)」「Delivery(引渡)」の頭文字を指し、主に製造業において設計や生産に重視される三つの視点です。

注:2014年版中小企業白書第3部中小企業・小規模事業者が担う我が国の未来「5クラウドソーシングの課題」●仕事の受注者側から見た課題の第1位仕事単価の低さ、第2位受注が不安定、とあります。