どうしたら、事業化できるのか

   先日、珍らしい経験をしました。

 それは、会社の昇格試験に立ち会ったことです。事業者向けービスの企業では、常にサービスを新規開発や改善していないと遅れてしまいます。支援先企業では、部門責任者になるには新規開発や事業を改善する企画書を提出して、役員会で説明して評価を受けた結果が合格ならば、昇格する仕組みを取っています。合格しない場合は、何回でも受験することができます。

 受験の資格などの内容は守秘義務がありますので、説明から省略しており、この点はご容赦ください。

1.顧客はどうやって探すのか

 今回は、3人の方々が応募していました。うち、一人について今回は新事業ではなく、現在の事業をさらに改善してゆく発展型の企画でした。

 一通り説明があり、役員から質問が出てきます。

「説明では、現在の顧客ではなくて、新しい顧客層に現在のサービスを提供するとのことだが、何故顧客を代えるのかな。この点の説明はどうですか」

「それは、新規の顧客層と考えています比較的小さな企業にこのサービスに提供すれば、お互いに良くなることが理由です」

「どのくらい小さな企業が、提案のサービスを取り込むと見込んでいますか」

「配布しました総務省の調査では、まだ普及していない率は30%程度とのことなので、これから伸びる良い市場ではないかと思います。」

「と言うことは、現在の大企業を対象としている事業はどうなるのですか」

「それは、・・・。この事業を発展させてゆく所で考えてみたいと思います」

 提案者は、現在の顧客はどうするのか、との質問に詰まりました。

 提案者は、おそらくアンゾフの成長マトリックスを参考にしてしたので、既存サービスと新規市場(=顧客)の組合せで「新規市場開拓」方針を採ることを基本にしたと思われます。成長マトリックスとは、「現在の売上」に「新規の売上」を加えることなので、質問した役員は「現在の売上」はどうするのかを確かめたのです。提案者は、現在の顧客をどうするのかこの点がちょっと抜けてしまったようです。

「今までは大企業、これからは小さな企業を対象とするとのことですが、どのようにして小企業から受注するのか、この点はどうですか」

「それは、当社のWEBサイトやパンフレットで、内容を説明するつもりです。もちろん、お客様から質問があれば答えて行くことで、関係を深めて行きます」

「今の説明は、お客様から問いかけがあった後のことだと思うが、そうではなく、どのようにお客様を探すというのか、接触するのか説明してみてください」

 すると、提案者は困った表情で、今までと同じように社内の他の事業部署から紹介や依頼等を基にしてお客様と話しをすると小声で答えました。

 質疑応答を聞いていた中小企業診断士は、配布資料の現在顧客表には既に数は少ないものの小企業があることを見つけました。

「今、サービスを提供している顧客の中に小企業がありますが、これはどうやって受注したのでしょうか」

 提案者は、アッそうかと思ったらしく、やや大き目の声で答えてました。

「えーとそれは、数年前に小企業の方が、当社のサービスをお使い頂きまして高く評価され、お知り合いの小さな会社を紹介していただきました」

「顧客を見つけるには、今のお客様を大事にしてみたらどうでしょうか」

 試験官の立場ではなく、助言する中小企業診断士の姿勢が出てしまいました。

 社長が苦笑しています。しかし、試験で従業員が腐ってしまっては、どうしようもありません。社長は、逆に元気付く発言には感謝している様子です。

「そうですね、今があるからこそ、これからがあると気が付きました。ありがとうございます」

2.顧客は、どこにいるのか

 別の役員の方は「そうですね」と言いながら尋ねています。この昇格試験は従業員のやる気を盛り上げる面もあるので、当然です。

「説明では、提供するサービスは30%程度が普及していないから、市場があるとのことですが、その30%のお客様はどこにいるのですか」

「それは小企業団体から名簿を貰って、決めたいと思っています。」

「個人情報など情報が大事にされている今、そのような名簿があるのかな、あったとしても果たして貰えるのかな」

 この問いかけに説明者は黙っており調べていないようです。中小企業診断士は気になり、余計かもしれませんが口を挟みました。

「名簿だけに頼ってしまっては、役員の方が示唆されたとおり、困難ですよ。でも顧客を探す方法は、考えてみればいろいろとあります。外の団体に働きかけることは検討しましたか」

「・・・。エーと、そうか。小さな企業が入っている経営者団体などへ入会し、会員の会合等で直接働きかけるようにしてみます。」

 そうです。経営者団体の会員に事業を具体的に説明して、協働することは良い方法です。役員はすこし納得したみたいです。

2.今までの顧客と新しい顧客と求めることは違う

 この質疑応答を聞いておりまして、顧客をどのように探すのかも大事ですが、何を顧客が望んているのか明確にする点が欠けていることに気が付きました。

 一般的には、小企業は大企業と比べると、求めていることが異なります。小企業を対象にして事業を展開するには、小企業が魅力を感じる、あるいは、必要とすることを提供する必要があります。何方も、この点について確認がされません。

「対象を大きな企業から小さな企業へ代えて行くこととして、小さな企業が改善したサービスに魅力を感じたり、使ってみようかと思うところは、どう提案されてゆくのでしょうか」

 提案者は、この質問に答えることができませんでした。

「では、質問を代えます。小さな企業が望んでいることはなんでしょうか」

 これより先の質疑応答は肝心なことであり、守秘義務の点から省略しますのでご理解ください。

4.どのような順序で行うのか 

 別の方が、手を上げてから尋ねました。

「ところで、小規模事業者を対象とすることは分った。配布資料によると、2014年小規模事業者数は325万いるので、30%とすると90万以上なりますよ。どうやって事業を展開するのかな。90万を超える事業者にどうやって働きかけるのかな」

 この点、説明者は、また、口籠もってしまった。中小企業診断士は、気になってきたものの、何回も助け舟を出すのは流石に気が引けました。見かねた社長が言いだしました。

「そうですね、アイディア優れた点があるのですが、具体的なことはこれから検討したらよいですね、将来に・・・」

 提案者は、この質疑応答を通して、自身の準備不足が明白になっており、社長に頭を下げています。

「申しわけありません。この点は、再度機会をいただきたいと思います」

5.やり直しができる

 この説明者の昇格試験は、ここで終わりました。

 常にサービスを新規開発や改善していないと、企業の業績は落ち込んでしまいます。この方法は、「何度でも受けられる」ことが優れています。

 「何度でも受けられる」ことは、敗者復活であり、従業員の意欲が衰える事はありません。

 組織は、従業員を配慮することを言葉や文章で明らかにすると、同時に実際に行動で示すことが大切だということです。

中小企業診断士 窪田靖彦

注:アンゾフの成長マトリックスは、市場(顧客)と製品(サービス)の2つに軸を分けて、それぞれ既存と新規の4つの象限に分類している。成長は、「既存市場浸透」「新規市場開拓」「新規製品開発」「多角化」になるとまとめている。

注:平成261130日に総務省が公表した「平成26年経済センサス-基礎調査」のデータを分析し、中小企業庁が発表した。全事業者数382万のうち、小規模事業者325万で85.1%を占めている。「小規模企業者」とは、中小企業基本法第2条第5項に規定する従業員20人以下(商業(卸売業・小売業)・サービス業は5人以下)の事業者等を指す。