取引先の信用調査

 景況は、日銀短観(巻末参照)によると全体として良い方向に向かっているようです。このような時、A社長も営業活動されている会社を訪問し、B営業責任者とC担当を交えて「取引先の見方」について話し合うことになりました。全体として景況が上向いているとしても、A社長は個々の取引先では良いところと悪いところ、あまり変わらないところ、いろいろと混じっているので、注意が必要と考えており、丁重な挨拶から口火を切りました。

「お忙しい中、来社いただきましてありがとうございます。先日、お話ししましたように当社はいわゆるBtoBの取引でして、バージョンアップしたパッケージが好評で受注が伸びています。こんな時、どんなところを注意しなければならないのか、今日はこの点をよろしくお願いします。」

「その通りと思います。良い時だからこそいろいろと注意が必要な時期です」

 B様は、今の事情をかいつまんで話されました。

「今まではどちらかと言えば、お客様の紹介で新しいお客様を開拓していましたが、ここにきてホームページをご覧になったとのお問い合わせが増えてきています。どう信用状態を見たら良いのか、この点を補って行きたいと思っていますので、よろしくお願いします」

 「それでは、今までのお客様と現在のお客様はどのように信用状態を見ていたのですか」

 C様が、あまり自信がないような話しぶりで言いました。

「マア、ご紹介して下さったお客様が”大丈夫だよ”と言われるので、それを信用していました」「それでは取引が始まってある程度経った時には、何かされていたのでしょうか」

「特にはしていませんが、こりゃマズイのでしょうかね」

 

まずは履歴事項全部証明書を手に入れる

 中小企業診断士は”これは、チョッと困ったな”と思い、基本からお尋ねし始めはました。

「すこしお尋ねしますが、登記簿謄本はお取りになっていると思いますが、どうでしょうか。1989年の法改正で登記簿謄本が今では履歴事項全部証明書と名称が代わっている書類です。この”証明書”は法務局から入手できますので・・・いかかでしょうか」

「その”証明書”は、取っておりません」

「初めてのお客様から問い合わせがありましたら、お客様が言われること会社の所在地、役員、事業内容などをメモしておいて、この”証明書”を入手してあっているかを照合されて、一致していれば取引を始める一つの条件にされたら良いですね」

「その”証明書”はどうやって手に入れるのでしょうか、なにしろやったことが無いので・・・」

 中小企業診断士は、A社長の方を向いて「今日は基本の基本になるようです」と話しかけてから”証明書”の取得方法などを説明しました(巻末参照)。C様は、チョッとホットして言います。

「後ほど、調べて入手します」

「難い話しになってしまったので、その”証明書”を入手して防げた事例をお話しします」

「そうですか、それはありがたいお話しです」、とA社長の顔が少し緩みました。

「某システム開発業にPCを購入したいと電話があり、お聞きした本店所在地や代表者などを基にして”証明書”を入手しようとしました。ところがその会社の”証明書”は手に入れることができずそのままにしていたところ、業界の集まりで同じようなことがあったことを知り詐欺ではないかとなって、引っかからずに済んだという事例です」

「そんなこともあるのですか。バブルの時にいろいろな引っかけがありましたが、・・・」

「この話はシステム開発業とPC購入ですから、なんとなく関係があると錯覚する所がオチです」

「そうですね、なんか引っかかりやすいですね。良かったですね、感心しますよ」

 現在はどうされているのかを尋ねすると、C様がお話しされました。

「名刺にあるURLを検索して、その会社の事業、沿革、従業員数や組織図を見ています。株式公開していない会社がほとんどですので、財務状況をつかむことはできません。取引関係に知っているところがあれば問い合わせますが、そのようなことはまずあまりありません。これで、おかしな点がなければ、社内手続きをとります」

 

相手先を訪問することでつかめることがある

「そうですか、では、問い合わせのあった先を訪問することはどうでしょうか」

「社内手続きの時にそういった話が出れば訪問しますが、訪問したことはあまりありませんね。でも、この間はホテルのロビーで落ち合って打ち合わせをしたことがありましたが・・・」

「そうですか、その場合はやはり相手先の本店をお訪ねしたら、良いと思いますよ」

 すると、B様が「どうして訪問する必要があるのでしょうか。何か、それで分かるのでしょうか」と言われていますので、事例をお話ししました。

「本店と言いますか、相手先の本陣を訪ねると、いろいろとつかむことができます。応接室に掛けてある暦を見てどこのものか、金融機関の暦ならばどこか、営業担当部署の行動表には名前が何人書いてあるのか、担当者等の序列はどうかなどです。取引が多額であれば、経理責任者や社長とも会うべきです。これはホテルなどで会っていればできません。それに取引開始前だからできると言えるし、経理責任者や社長と業績などの話題も話の中で交えてお聞きすることも可能です。急にお尋ねすると、業績などの重要な話しがポロっと出てくる場合もありますからね」

 B様は、「良く分かりました。これからやってみます」と言われたので、他の事例に移りました。

「こんなこともありました。手洗いをお借りした時に社員同士の話しを聞くともなしに聞くことができます。不平や不満、上司などの批判などです。別のところでは、経理担当らしい社員が業績不振の話しをしていました。当然、取引は慎重になりますよ」

 B様とC様は、事例が分かりやすいのか興味深そうに聞いていて、B様が言われました。

「そう言われますと、応接室に古いカレンダーがかけてあり、チョッと変だなと思いました。既に取引を始めていましたが、いろいろと間違えたりすることが出てきたので、今は止めました。古いカレンダーがそんな社内の緩みを表していたのかと思いますね」。C様も言われます。

「逆によいこともあります。応接室までの廊下ですれ違った社員の方が脇に寄って会釈されました。とても躾ができて良い会社さんだな、と思いました。今は仕事の方も順調に進んできています」

 こんな話が続きました。注意深く訪問先を観察していると参考になることが多い、との結論です。経験を積み重ね社内でまとめると参考になるチェックリストができるのではないか、となりました。要は、注意深く観察することです。

 

財務や業績をどうやってつかむのか

 肝心の話しに戻り、財務諸表や業績数字を手に入れることができない場合、どうしたら先方の業績が分かるのか、になりました。先ほどの業績などがポロっと雑談の中で出てくることに加えてどうするのかと言うことです。B様が話されました。

「財務諸表を手に入れられない時、重要な処ならば興信所を使って調べたらよいと思いますが・・・」

 中小企業診断士は、相手方は何処が興信所調査を使って調べているのかは当然分かるので、口頭での回答しかしないところもあり、この点を考慮しておかなければならいないことを、話しました。では、どうするのかになり、C様が思い切って話しました。

「先ほどのお話しから連想すると訪問してつかむと言うことでしょうか」

 C様の勘の良さが出ています。現場での経験がモノを言っています。中小企業診断士は、その通りですとお答えすると、C様が話されました。

「人の動きでしょうか、担当やその上司が退職などしたら、チョッと警戒するなどでしょうか」

 さすがです。人の動きは業績がその裏側にあることが多いと言えます。その他はどうでしょうか、水を向けると、話されます。

「そうですね、社長や経理責任者が社内に居ないことが多くなったりすると、警戒信号ですかな。それに、業者などの動きにも注意が要るのじゃないかな、特に主な業者の担当が見かけなくなったとか、などですかな。主な業者は、もしかすると、決算書を手に入れているかもしれませんし」

 これも良い指摘です。どれも、何回も実際に先方を訪問して見ていないと、つかめない事実です。その他こんなことがあると言うような話が続きましたので、予定していた時間を越えてしまい、A社長が、頭を下げながら言われました。

「今日は、ありがとうございました。大変、勉強になりました。基礎編と言うお話しですので、当方でも今日のお話しを検討して、少し前に進めてみたいと思います。よろしくお願いします」

「そうですね、皆さんからどのように実際を進めるのか、この点を進めることが良

いです。実際に行ってみるといろいろと課題が出てきますから、それをおまとめになることが良いと思います。社長が言われたように、この時期だからこそ慎重さが要ります」

 B様とC様も言われます。

「今日は、ありがとうございました。今日のお話しを取り込んで、実際に行うことを纏めて行きたいと思います」

 ネット時代と言われて、簡単にネットからいろいろな情報を得ることができるようになりました。一方では、訪問したり、人と会って話すことでいろいろと分かることがやや取り置かれてしまっていることが改めて明らかになった事例です。両方をあわせてみたら良いと思います

 

 

 

 

 

中小企業診断士 窪田 靖彦

参考:短観は正式名称を「全国企業短期経済観測調査」です。日本銀行が四半期ごとに行う統計調査であり全国の企業動向を的確に把握し、金融政策の適切な運営に資することを目的としています。

参考:履歴事項全部証明書の取得の方法は、法務局に問い合わせますと教えてくれますが、出向いて申請する方法、WEBから入手する方法があります。法務局の電話番号などもWEBに公開されていますから直ぐに分かります。法務局の業務はデータ化されており、管轄外でも証明書を取得できるようになり、便利になりました。