生産問題から発展して・・・

 受注部品業B社の会議のことです。生産の問題が度々起きています。生産の問題と言っても、種々の原因が毎月報告されていて、「顧客指示図面をB社担当が読み違えた」、「顧客が間違った図面を指示した」、「B社担当が指示材料を間違えた」、「B社担当が加工寸法を間違えたり、加工個所を間違えた」。それに、「B社担当が生産数量を間違えた」や「納期遅延」等などです。主として品質に関わることなので、品質管理者から不良は4M注:と作業環境注に問題があるからだ、とこれも毎月同じように4M等の該当する項目を指摘しています。しかし、今年は昨年を上回る生産の問題が生じています。社長からは、品質管理者に生産現場に出向いて対策を立てるよう指示があり、現場に毎月出かけています。

 しかし、同じように生産の問題がでて、途切れることはありません。

「どうしたものでしょうか、こんな状況だと、大きな問題が生じないか、取引停止になるのではないか、あるいは、一段と値引くよう言われるのではないか、と思っていますが」

 このようなことは、今までもあったそうです。

「そうですね、会議ではどちらかと言えば、幹部社員が自分の考えを話していますね。実際に生産に携わっている一般社員がどう考えているのか話が出てきません。品質管理者が生産現場に行っているので、なぜ現場の声が報告されないのでしょうかね」

 

[問題を解決するには]

「そう言われてみると、理論的な4Mがほとんどですね、気が付きませんでした」

 問題を整理するには、4M等理論に基づいて進めると、やりやすいのは当然です。問題を整理することは解決の始まりですから、B社では問題整理で終わっているのです。

「どうして、解決するまでやらないのでしょうか、そこまでは役割と思っていないのかな」「品質管理者に何が役割なのか、問題の指摘だけでなく解決することが役割と話したら良いかもしれませんが、むしろ現場の話しも聞いてみたら良いかもしれませんよ」

「品質管理者は、分かっているとばかり思っていましたが、話してみましょう」

 社長は、品質管理者に話してみましたが、埒が開かないので何人かの現場の者にも話してみたそうです。すると、顧客が間違った図面を指示したことは、誰が顧客に話すのでしょうか、誰でも顧客に指摘したりすることは嫌なものですから、この問題は先送りされていたことが分かりました。そして、現場の一般社員が「どうして顧客に、そちらが間違いだったと言わないのか」と不満がでていたことが分かりました。

「どうでしょうか、本当の事情がつかめたのではないか、と思いますが・・・」

「そうですね、品質管理者が現場の意見を聞いてみても、これじゃ聞いていないと同じだ」

 

[泣く子と地頭] 

 営業担当者が、顧客に伝えましたが、また、そこで別の問題が出てきました。それは、顧客の購買係が図面を間違えたことを認めないで、「そのようなことは、受注側がちゃんと図面を見れば良いのであって、受注側が怠慢だからそうなる」と言い張っているそうです。その顧客からの受注額は多額ですから、発注を止められたら困ってしまいます。

 会議では、社長が「事情は良く分かった。生産現場が怒っていることは理解できる。だが、受注額は多額だから、顧客が強気に出てきている、ここはこじれないようにしたい。しばらく様子を見ることにする」と話しています。

 社長自らこう話したので、現場も営業も納得はできないものの、やむを得ないとなりました。理屈は通らないが、取引では我慢も大事です。中小企業診断士は、会議では「どうすれば、良いのか」とぶつぶつ声が聞こえてきたので、具体的な話しをしました。

「皆さん、顧客の規模を考えてみましょうよ。顧客の従業員数は、国内500名、海外を含めると2,000名近くいます。そして、定期異動が毎年行われてきています。その購買係の方は、もう3年今の仕事をされているとお聞きしています。やがて、その購買係の方は異動となるのではないかと思いますよ」

 年嵩の従業員が、そうだね、とつぶやきながら言い出しました。

「そうですね。当社と違って規模が大きいですからね。待てば海路の日和ありですかね」

 すると、どなたかが言いました。

「泣く子と地頭には、勝てないよ、言われますから」 

 問題がこれ以上炎上しないよう、年嵩の従業員は気を揉んで話したので、若手社員はそれ以上はつぶやきません。下請の生きる道には、「待つ」ことで解決することがあります。ですが、会議に出てる者は、悔しさを隠してはいませんでした。

 

[社長の役割とは] 

 これで、ひとまず収まりました。社長と共に中小企業診断士は、社長室に入りました。

 社長は、しばらく考えていましたが、こんなことを話し始めました。

「そうすると、先生からは私の役割がなんだと訊かれているのですかね。生産は、色々な要素の塊ですから、どう考えたらよいのでしょうか、全部を見るのは難しいのですから」

「現場の社員が品質に注意を払って日々生産していますが、上や横の方を見て何だこりゃ、と思っていたことでしょう。これを出発点とすると、どうなるのでしょうか」

 社長には、こちらから答えは出さないで、考えてもらうことで今までやって来ました。

「エーと、・・・方向を分かりやすく話しかけることでしょうか。」

 さすが、社長と思いました。中小企業診断士は、組織を構成する人の役割は、階層が上に行くほど、概念形成力が必要と話しました。英語でコンセプチュアルスキルのことで、ビジネススキルの一つで、何が正しく何が間違っているのかを見極めたり、複数ある選択肢の中から最適なものを見い出したり、複雑な問題から解決策を出したりすることです。

 

[ニーズに合った新しい仕事を創る]

「今の当社の強みが、顧客が理不尽な事を言えないほど強くはないことが、根っこにあるのが今回の課題です。例えば、当社の技術能力が他にはなく、顧客がどうしても当社に発注せざるを得ないとなれば、理不尽なことは言えませんよ」

「今現在は、あの顧客が頼りだから、致し方ありません。ですが、どうしたら良いのか」

「この点を一言で言いますと、社長の役割は、あの顧客に頼らない、新しいニーズに合った仕事を創ることです」

「そうですね。あの顧客は顧客として、他方では新しいニーズを探すことですね」

「そうすれば、今の社員も意欲が増しますし、新たな良い人材が集まってきますよ」

「そうですか、ニーズに合った仕事を創ることですね」

「そうですよ、今の生産問題は大事ですが、それだけ片づけてもまずいですよ。新たなニーズに合った仕事を創ることも大事です。会社が続くには、常に革新が要るのですよ」

「まあ、言ってみれば先を見て方向を定めることですか」

「そうですよ、ニーズに合った仕事を創りだすことは、会社が目指す方針を明らかにすることです。そして、その方針に沿うような組織の体制を作り上げることは、これは社長しかできませんよ」

 社長は、本来の役割があると自覚されたようです。

中小企業診断士 窪田靖彦

注:4Mとは、MATERIAL(材料:材料の品質・仕様にあっているのか)、METHOD(生産方法:正確な生産方法が確立しているのか)、MAN(人:正確な生産方法が守られているのか)、MACHINE(機械の加工精度や性能が合っているのか)で、生産の要素を分かり易くしたものです。

注:作業環境の整備とは、生産現場の中に、ごみ塵、埃、温度、湿度、汚れ・錆、照明、騒音など不良発生の要因を解決していることです。

注:ハーバード・ビジネス・スクールのロバート・カッツ教授が提唱している「組織内の職務遂行において重要なビジネススキル」のことで、テクニカルスキル、ヒューマンスキル、コンセプチュアルスキルを図式化したもの。