今回は、従業員の育成の話です。管理職が月一回集まって、先月の業績を検討する会に出席したときの事です。本来は、今月の見込みと計画とを比べてつかんだ問題点とその対策も含めて検討したいところですが、まだ、そこまで至ってはいっていません。今は実績報告が主で、これからはこうして行くとか、障害となっている課題はどう解決すると言うようなことはちょと出る程度ですが、少しづつはその芽が出始めています。
以下は、実際にあったことを修正しておりますのでご了解ください。
1.上司が部下を見る目
会議が進んで◎◎さんの担当部署の報告が終わり、質問などを受ける時間になりました。
「先ほどの報告では、○○さんがお客様の希望と言うのか、頼まれていることをキチンとやっていないような感じを受けたのですが、◎◎さん、どうしてそうなるのかな」
「○○さんには今まで何回か話しているんです。その時はその時で分りましたと言うのですが、少し経つともうすっかり忘れてしまって、自分のやりたいことをやってしまい、元に戻ってしまうんですよ。お客様から苦情をいわれていて、私も困っているんですよ」
「どうしてその時は分ったとなるのかな。本当は、○○さんそうは思っていないのでは・・・」
「いや、そう言われても。その時は分ったと○○さんは言うので、それ以上は如何したらいいのか・・・。子供じゃないし、あまりしつっこく何回も繰り返すのも避けたいし・・・」
検討会ではこのような問答がされていますが、解決しません。思い出してみると、前々回もそしてその前の会議でも○○さんが話題になっており、上司は◎◎さんです。
中小企業診断士は、なぜ○○さんと◎◎さんの組合せが話題になるのだろと考えていた時に、社長から「どうでしょうか、ご意見をお願いします」と振られたので、話すことになりました。
「どうでしょうか◎◎さん、お客様から頼まれたことを○○さんがキチンとできますか」
「今はやろうと思っていないようなので、難しいのではないかと思います」
「では、○○さんがやろうと思えば、できるのでしょうか」
「そうですね、やろうと思っても、今の○○さんの力ではかなり苦労すると思います」
ここで、ちょっと簡単に解説しました。仕事をキチンとするには、意欲と力量が必要です。お話しを訊いていると○○さんは、力量が不足し、それで意欲が少し欠けているようです。
上司の◎◎さんと○○さんが、力量を更にあげるにはどうしたら良いのかを話し合うことを助言しましたところ、◎◎さんがあまり気乗りしていないような顔つきで、口を開きました。
「○○さんと話していると、どうも話しがずれてしまうので困っていますので・・・」
「◎◎さん、このような事は仕事と思ってやってみたらできますよ。部下を育てるには如何したら良いのか、○○さんとどのように話したら良いのか、あとで社長を交えて話しましょう」
会議ではこれ以上話している時間がありませんので、こう話して引き取りました。
2.上司は部下の立場になって考える
会議の後で、◎◎さんと社長を交えて話してみました。すると、◎◎さんは、部下の育成は自分の仕事ではないように思っていたことが分りました。部下を指導しながら仕事をすすめた経験が殆んどなく、このような部下を育てることを得意でないと自分で思い込んでいることもさらに輪をかけたようです。
「◎◎さん、部下を育てるのも管理職の役割ですよ。◎◎さんが新人の時、上司は◎◎さんをどのようにされたのか、思い出してみましょうよ」
「そうだ、あの時◎◎さんの上司は●●さんだったよ、確か。あの人面倒見が良かったからな」と、社長が言いだしました。
「そうだったのでしょうか。ちょっと、・・・あまりよく憶えていないもので・・・」
「●●さん、怒る姿あまり、見なかったように思うが、どうしてだろう」
「そうですか・・・」
「どうして、●●さん、あんな風にしていたのだろう」
「ちょっと、・・・思い出しましたよ、私が失敗しても一緒に考えてもらいましたよ」
「そうだろう、●●さんみたいな仕方はどうだろうか、いい仕方と思うよ」
「あの時は、そうですね思い出してみると、●●さんは何度もなんども飽きずに繰り返してくれました。そして、私の失敗の原因を二人で話し合いましたよ」
「そう、思い出したんだね。あのようにしてみたら、どうかな」
「考えてみたら、原因がこんなことかと思うほどの簡単なことだったことがあります」
中小企業診断士は、少しづつ◎◎さんが部下の育成の糸口を見つけ出したので話しました。
「そうですね、お互い飽きずに何回も話し合う、そして自分自身が原因を見つけ出す、これですよ。話し合いするのは、部下が自身で原因を見つけ出す切っ掛けですからね。部下が気が付くまで、辛抱強く待つ、これは上司が取るべき姿勢ですね」
「いわれてみて分りました。今までは、一回話したら分ると思っていました。しかし、昔の自分はそうではなかった。なんども話して貰って分るようになったということですね。○○さんにも、同じようになんども話して、お互い分るようにしてみます。」
◎◎さんは立ち上がって「ありがとうございました」と言い、仕事へ戻って行きました。
◎◎さんと○○さんのことは、このように前に進みました。
しかし、このようにうまく行くことは稀なことです。例えば社長が、辛抱強く上司が気が付くのを待つことも大切なことです。
3.上司の能力と意欲
社長は、既に分っていると思いましたが、念のため話しました。
「部下が力量と意欲を持っていない、あるいは足りないと幹部の会議では言われています。今回は、上司が育成についての意欲と力量は、どうなのかが問われた事例ですよ」
「そうですね、一方的に部下のことだけを論じても、解決しないと云うことですね」
「多くの上司は仕事をやる力量があります。しかし、上司が部下を育成する力量を持っているかどうかは、別のことです。◎◎さんは早くこのことに気が付いたので期待できます」
「ということは、仕事がうまくできたとしても、部下の育成の力量や意欲は別だと、・・・」
「例えば、スポーツの世界では名選手必ずしも名監督ではないと言われています。監督は、選手達が競技の優れた力とやる気を持って試合に臨み、その力量を如何なく発揮するにはどうしたら良いのかを考えます。これは自分が競技をうまくやるのとは、違う面です。ダメだと言われた選手を直す再生工場と言われた名監督もいます。名監督、必ずしも現役時代に名選手ではなかった例はたくさんありますよ」
「そうですね、上司の力の違いをよく考えないと、人材を活かすことになりませんね」
「そのとおりですね。育成に熱心で意欲があるものの、育成の力量がない上司には必要な能力が何かを自分で考えて、学習するようにします。逆もありますよ」
「そのとおりですね、上司にも不足している力をつけなければならないということですね」
「世の中、色々な本や講座もありますから、学ぶには事欠きません」
4.期待すれば、人はやる気が出る
社長には私自身が上司の時にどうであったのか、上司として気が付いたことをお話しました。
「当たり前のことですが、部下に期待していることを日ごろから伝えることにしていました。新人で何も分らないときに、上司から”君ならできる”と言われたことで奮起したからです」
「それは、そうですね。新人であれば、将来の可能性はたくさんあるのですから注」
「そうなんですよ。新人だから分らないのは当たり前なのです。そんなときに”君には無理だよ”と言われてしまえば、やる気もなくなると思います」
「そのように言われた部下はガッカリを超えてしまって、上司との関係は悪くなりますね」
「そうなんです。社長は、そのようなことを言ないよう上司に理解させたら良いと思います。どうしてもうまくいかない時は、組合せを代えることですね、相性も考えるということです」
「それは、配置転換ということですね」
「本人たち同士ではどうにもならない時には、致しかたがありませんから」
企業の財産は従業員です。社長は、従業員がイキイキと毎日働くように機会があれば話し合うのが仕事です。
中小企業診断士 窪田靖彦
注:人間の欲求は5段階のピラミッドのように構成されていて、低い階層の欲求が充たされると、より高かい階層の欲求を欲するというもので、米国学者マズローが提唱