決算数字は結果だ、原因はナンダ?

 経営者の方々が自身や自社の課題を持ち込んで、経営者同士で話し合いながら解決の方向を見つけようと、今夕も集まってきました。それぞれの最近の状況について雑談が終わったころ、最初は皆さんが持ち込んだ課題を簡単に話します。皆さんの課題が出揃ったところで「今晩、話し合うのはどれにしよう」と決めるようにしてきました。ところが、この夜はちょっと進め方が違ってしまいました。

目利き力

 A社長が、「このような会社をどのように診ますか」と取引のあるB信金からM&Aの申し出があったと雑談のなかで話しています。当然ながら、A社長には金融機関から詳細な資料などは手渡されてはいませんし、社名や代表者名も知らされてはいません。しかし、「このような会社をどのように診ますか」が段々熱を帯びてきて真剣な話し合いになってきました。

「この事の背景にはどんな経緯がAさんとB信金さんにはあるのかな、いや、B信金さんはAさんを信用しているから持ち込んだと思うから」

「そうですね、数年前にある会社を買い取らないかとB信金さんから声が掛かったことがありました。そのときはちょっと変な点があったので、B信金さんに調べてもらうように話したんです。すると、出てきた結果がB信金さんも想定もしなかった問題が出てきてしまい、その案件は取り下げて終わってしまったことがあったんですよ」

「そうなのか、B信金さんはAさんが目利き力がある方と思って、今回はB信金さんが自信のある案件を持ってきたと云う事なのかな」

Aさん、どうやって会社を良いのか駄目なのか判断する力をつけてこられたのかな、差しさわりにない範囲でお話してくださいよ」

退社が多いの何故なのか

「そうですね、皆さんもご存知の基本を使うことですよ。例えばですね、期末の従業員数だけでなく、従業員の入社と退社の動きをB信金さんから出して頂きました。毎年入社した人数と退社した人数から、従業員がその会社を信頼して入社したり、会社で安心して仕事をしているかがわかると思いますよ。もちろん、定年退職はのぞきますが。人がやる気をなくしたら、その会社は腑抜けですからね」

「今はだんだん人を採用しにくくなってきて、従業員を増やしたいと思っても取れなかったり、当社も苦労していますよ」

「そうなんです。自分が経験したことですが、私が入社前に学生に話したことと、入社後の実際が私の話と違っていると言って直ぐに辞めてしまう学生が出て、私は反省しました。できないことは言わない、できることは話すようにしてきたんですよ。無論、担当者任せはダメです」

「それはそうですね。当社は営業所がいくつかありまして、その中で退社が多い所は梃入れをしていますが、原因はそれぞれですね。しかし、Aさんの言われることは言ってみれば会社の問題、経営者の考え次第だから、ちょっと違いますね。原因が経営者の問題なんだから、社長が自身で反省するのはスゴイ」

「いや、そう褒められてもなにも出ませんよ(笑い)」

「でも、新人以外に辞めて行く従業員はどんな風に考えたのですか」

「働いていても成果が出ない会社は処遇が良くならず、定着率が悪くなると思います。当社もそんなことがありました。売上げを製品別に分けた結果、10年間も同じ製品売上げが多くを占めていましたので、営業が一生懸命にやってもお客様から飽きられてしまう、だから営業はこんな会社にいてもうだつが上がらないと思って、優秀な従業員ほど辞めてゆきました」

「世の中、どんどん変わってきているのに、それに追いつかないと売上げが伸びず処遇も良くならず、従業員が離れてしまうと云う事ですね」

「そうなんです。営業を元気良く送り出す朝礼をやったり、明るく挨拶をしたり、営業が帰社するとご苦労様と声を掛け、受注すると皆で拍手したりといろいろやりました。ですが、従業員のやる気や会社を良い雰囲気にするだけでは売上げが上がらないことに気が付きました。従業員の皆さんの気分がよくなったからと言っても売上げは上がらないということです」

体質を変える費用は計画化

「そうですか、当社は今そんな状態に入り込んできたと危機感をもっており、従業員と話し合う機会をつくり始めたところです」

「従業員の声を聞くのはとてもすばらしい発想なので、明日から早速当社も取り込みたいと思います。ありがとうございます。私は、営業を送り出した後、何気なく財務諸表をみていました。その時、気が付いたことは新しい製品や技術を作り出すには費用、資金が要ることです。当たり前の基本です。例えば、新製品を開発するには人が要りますので人件費、試験用設備や材料などが要るのでその資金と費用が要ることになります。それで、それらを計画の段階から予算にすることにしました」

「とすると、B信金さんの持込案件の費用一覧をご覧になったということですね。その他の点はどうなんでしょう」

「このようにITが進んでくると加工工程や検査工程の自動化、種々の化学物質が使われる今はSDSの知識と運用が求められ、加えて品質管理の知識が必要になり今までの慣れでは追いつきません。このような事には知識を習得したり、どのように仕事を進めるのか教育研修が要りますよ。それらの費用や人件費も計画に入れておかないと、お客様の要求に応えられなくなって長い目で見ると売上げが落ちて来てしまうので、この計画や予算は必要なことですよ」

「そうか、言っているだけではなくてお金をつけると従業員が、”社長、本気だな”と分るということか」

「そうです、実績の費用だけではなく、計画ではどのようにこれら前向き費用を組み立てていたかです。例えば、誰が、何の目標に、どのように、いつまでに、いくらを使うのかの計画を信金さんから見せてもらいました。計画表の中で予算を付けておく事で従業員がやっても良いのだとなります。やれやれと掛け声だけで、必要な資材や試験設備を買ったりする資金が出なければ、従業員の皆さん掛け声だけだな、分ってしまいますよ、これはISOで学んだ事です」

「そうですか、そういわれるとISOでは確かに実行計画を立案することが求められていたと思いますが、うちもやってみるか」

「先輩の方々を前にお話しするのは気が引けますが、財務数字は結果なので、その数字が生じる原因があると思っています。このために、こうしたら、こうなるはずだ言う環を回したらよいのではないかと思いました」

「なるほどね、利益が出たから前向き費用を出すのではなく、計画を立てるときに前向き費用を織り込んで、前向き費用を出せるようにすすめて行くということか」

「そうなんです。決算して利益がでたから期末賞与をだすのは後追い型です。そうではなく、これだけ利益を出してそのうち○○円をこれら投資に廻すように計画する先行型が良いのではと思ったんです」

「下問を恥じず」

 ジッとAさんの話しを聞いていた最年長の経営者が言われました。

「Aさん、今晩の話はありがとう。経営者を30年近くやってきましたが、こんなに良い話は久しぶりですよ。数字の裏を考える、数字が出てきた元を考える、良いことを学びました。ありがとう」

 Aさんと出席者の話し合いを聞いていました中小企業診断士は、多くのことを学びました。そして、まとめではありませんが、論語を引用してお話ししました。

「”下問を恥じず”と言われていますが、自分より年下の方、従業員の方にものごとを尋ねることは、恥でもなんでもありません」

 最年長の経営者が補足されました。

「そのとおりですね、実学だけではなく、この勉強会では心構えも学ぶ事ができて、とても良いと思います」

注:化管法SDS(Safety Data Sheet : 安全データシート)制度は、事業者による化学物質の適切な管理の改善を促進するため、化管法で指定された「化学物質又はそれを含有する製品」(以下、「化学品」)を他の事業者に譲渡又は提供する際に、化管法SDS(安全データシート)により、その化学品の特性及び取扱いに関する情報を事前に提供することを義務づけるとともに、ラベルによる表示に努める制度。
 
取引先の事業者から化管法SDSの提供を受けることにより、事業者は自らが使用する化学品について必要な情報を入手し、化学品の適切な管理に役立てることをねらいとしている。(経済産業省HPを参考)

注:「下問を恥じず」は「論語」公治長14にあり、「自分は年齢や地位の低い人にものごとを尋ねたり、教えを乞うことを恥ずかしいと思わないこと」と解釈されている。

中小企業診断士 窪田 靖彦