親父殿とお袋様

 今夏は猛暑日が連続しており、暑中お見舞いを兼ねて今回は柔らか目の話を提供します。

 商店街の支援をしていたときのことです。多くの店は夫婦だけで切り盛りしており、店員がいる店が数軒ある商店街でした。その店は、夫婦と娘夫婦が働いている二世代本屋です。娘夫婦とは、長女の芳江と夫の竜夫です(共に仮名)。本屋は表向き知的できれいな仕事と思われがちですが、実際は日々入荷される重い本を搬入し本棚に並べ、返本は期日前に搬出しなければならない腰痛になりやすい重労働の仕事です。

 仕事の話が一段落して、出されたお茶を飲みながら雑談をしていました。夫婦と若夫婦が話していることがおもしろいので、皆さんに会話調にしてお伝えしましょう。

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 「竜ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだが、たいしたことじゃないんだが・・・・・・」

 「エッツ、なんでしょうか。また、こんな本を仕入れたらどうだろうかということですか、このあいだの本は、結局のところ売れなかったので、返本しましたよ」

 竜夫は、書店をなんとかしたいと思って知恵を出しており、義父に遠慮するなどという婿として立場などはとうの昔に忘れてしまっていた。この15年間で出版社数は800社以上減りその率は19%近く、書店数は8,000店を超えて減少し、36%あまり少なくなった等と報じられている。それはそれとして、芳江から年取った両親が本屋を続けられないと言われ、竜夫は勤め人を辞めてこの店に入ったので、いつも店を何とかしたいと知恵を絞っていた。

「そんな大げさなことじゃないんだよ。竜ちゃん、うちに来てからさ、俺のことを親父殿、かみさんを御袋様と言うだろう。なあ、そうだろう」

 竜夫は首を傾げて、なんだろう、それがどうしたと言いたいのを堪えていたが、早く棚に本をきれいに並べてお客さんが買いやすくしたいので、つい言ってしまった。

「それがどうしたんでしょうか。親父殿と御袋様ではマズイんでしょうか」

「イヤ、違いがあるのを知っていて、そう話すのかと思ったんだよ」

「なんの違いがあるのでしょうか。こっちは生まれたときから、周りがそう言っていたことなので、違いなんかあるのかどうか、分りませんよ」

「そうか、やっぱりね。あのね、殿は役所が出す通知などに使われ、なんと言うのか、目線が上から下への向いたものなんだよ。だから、今では殿は使われないんだよ」

 竜夫は、そんなことは知らなかったし、生まれ育ったところでは親父殿と御袋様と言い慣れていただけだ。しかし、周りが言っている話だと、どこの店でもかみさんがシッカリしているところが良いのだが、旦那がかみさんを大事にしない店はダメになるとよく言っていたことを思い出す。

「親父殿、それはそうかもしれないが、店というのは御袋様がシッカリしてないとダメなんじゃないのかな、そうでしょ」

 封建時代の領主が領民に出した触れ書きのように、殿を使うと見下した感じがあって、だから役所も殿を使うのはやめよう、と云う事になったんだ、と親父殿は言う。だが、竜夫はこの店に入ったころに感じたことは、御袋様が大丈夫だから、親父殿が夕方になるとふらふらっとどこかへ出かけてご機嫌で遅く帰って来ても、店が回って行っていると思っていた。大丈夫とは立派な男子ということだが、御袋様には使ってもいいと竜夫は思っている。

 でも、親父殿は、本の売上げがだんだんと落ちていることは知っているのだろうか。御袋様は、取次が出している「お知らせ」を読んでいて、「これどう思う」などとこっちに投げかけてくるんだ。この間も、本の売上げが昨年は前の年と比べると4%落ち、雑誌も5%落ちたと書いたところの頁を折ってこっちに廻して来た。本と雑誌を合わせて、前の年から売上げが減っていると言うのだ。本離れと言う厄介なやつだ。

「この間、町会の集まりがあって、千国屋の奥さんと隣り合わせになったんで、ちょっと話してみたら、酒屋も同じように減っているのだそうですよ」

「そうなのか、このあたりでもビール安売り店舗が増えているから、酒屋さんは並みのことではつらいんで、やめざるを得ないのかなー。そういえば、駅からこっち3軒あった酒屋は商売替えや住宅、マンションになっていますな」

「でもね、竜ちゃんが言うとおり安売り店舗はビールで売上げを上げているので、千国屋さんのような店ではビール売りはほどほどにして、ビール以外の酒類を売って何とかしているようよ。研究する仲間が集まって、地方の名酒と言われる日本酒を探して並べているし」

 御袋様はいろいろなところで人と会うと、仕事の話もするのだ。それだけ、商売熱心さが出てくるのが、親父殿とはこの点が違うと竜夫は思っている。だから、親父殿だし、御袋様と言うのが当たり前と自分で納得していた。

「そうか、ウチも取次から仕入れるのではなく、地方の出版社などから買ったらいいかも知れないなー。ちょっと考えてみますよ」

 丁度そこに芳江が通りかかり、何を二人で話しているのか暫く聞いていたが、話の筋をつかむといつものように言い出した。

「うちは駅から近いんだし、なにも本や雑誌だけ扱っているんじゃなくて、店の前を毎日往きと帰りに通る人やご近所の方が興味をもつものを扱ったらいいんじゃないかな」

「芳江、それは本屋から商売替えすると云うことなのかい」

「それほど大げさに言わないけれど、店の数が減っているんだから、なにか加えたらいいと思いませんか。加えたら、なにかを引き算したらこの店の大きさの中でやれることがあるんじゃないかな」

 芳江は地元の小中学校出なので、クラス会や同窓会などの会合があり、商店街のほとんどは知り合いで、同じ年ごろの人の考えも知る機会があった。一度勤めに出た女性が子育てが終わり趣味を活かそうとしている人、勤めていた時に習得した経理や販売等の知恵を活かそうと復職する人も居るし、いろいろだ。男性も、早期優遇退職に手を上げた人、変わらずに勤めを続けている人、親の跡を継いで店をやっている人等これもいろいろだ。

 そんな変化に芳江は、「こんなことしたら、みんなが喜ぶ」のではないかと少し具体的な案を持っていた。趣味で始めた革で作る小銭入れをプレゼントしたら評判が良くて売ってみたい高校の同級生、ちょっとしたお印に自作の折り紙をお子さんにもって行ったら「講座を開いたら」と言われた幼馴染、竹細工の趣味が高じてランプ・シェード等を作っている元サラリーマンのお爺さん、彼らのために講座や作業場、レンタル・ボックスがあれば皆が楽しくなると思っていた。

 このように、商売のことを考える芳江は御袋様に似ていると竜夫は思っている。竜夫と芳江の子は男と女の子一人づつ高校と中学なので、芳江も手が空くので店を手伝っていた。

 竜夫の前職は中堅の電子部品製造業で生産管理をしており、一方では環境管理にも首を突っ込んでいたので、製造技術の専門書や環境管理関連書をよく読んでいた。在職中に環境関連のISO14001審査員補の資格を得ていた。この資格を活かすにはどうするのが良いのか、これを自身の課題としている。最近では、地球温暖化の影響が出ているとテレビや新聞で報じられ、工場での二酸化炭素排出量削減が進んでいるが、家庭でのエネルギー使用を少なくして二酸化炭素排出量を抑えることが遅れ気味で必要と言われている。竜夫はこの流れに沿ってISO14001審査員補の資格を活かすことがあると思っている。例えば、「地球に優しい暮らし方を一緒に考えましょう」と題したお話し会などを開くことだ。ついでに関連した本を並べても良いのだ。

 このような成り行きで、達夫と芳江そして御袋様は「どのような”店”にしたら世の役にたつのか」を考えてみる事になった。親父殿にも声を掛けてみたが、「まあ、やってみてくださいよ、なにかあれば言いますので」と逃げてしまった。親父殿だけが蚊帳の外だが、殿らしい。

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 中小企業診断士は、達夫から声を掛けられて「どのような”店”にしたら世の役にたつのか」を御袋様、芳江と一緒に考えることに引っ張り込まれてしまった。3人は、店が上手く行かない理由を世間や他人のせいにはしてません。中小企業診断士は、3人を支援して、皆が楽しくなるように努めて行くつもりです。

 今回の話は、この辺でお仕舞いとします。

中小企業診断士 窪田 靖彦