教育研修の方法

 ソフトウェア開発業A社は社員約50人の規模ですが、毎年計画発表会を行いB社長が経営方針を、グループの責任者が担当する部署の計画を社員に話しています。このところ、収益性が向上して黒字を計上し続けており、会議が終わった後には場所をかえて昼食会が行われました。昼食会でも会議が延長されたかの様相で、中小企業診断士が着いた卓でもいろいろと意見が交わされています。

 

座学の効用

 Cグループの責任者が、研修担当の社員Dさんに問いかけました。

「どうなの、座学の講座に出ている人が増えて来て、担当としてはこの傾向が続けばよいと思っているのかな」

 B社長は教育研修に力をいれており、教育研修予算を組んで外部団体が開催する講座と年間契約し、複数講座に何人でも幾も受講しても一定額の料金で済むようにしています。中小企業診断士はB社長に次のよう助言していました。予算を組み、また、研修担当者を決めると、社員も「こりゃ、会社は本気だ」と思いますよ、と。最初の年は20%程度しか社員が講座を受講していませんでしたが、今年は40%に達しようとしています。

「そうですね、だいたい2倍を越えて受講者が増えてきたので第一歩としては良いのですが、それが仕事に役立っているのか、この点がまだつかめてはいません」

 すると、その講座を受講した社員Eさんが話し出しました。

「まあ、担当者としては効果を求めるのは当然でしょうが、そう直ぐに求めてなくてもいいのではないかな。先々のことを考えて、私は畑違いの会計の講座をうけましたので」

 Eさんは、今後は会計システムの開発を担当すると予想して、会計監査法人が開催している関連講座を受けています。会計システムの講座は、初級から中級、上級まで用意されて、あらかじめ各講座の内容などを説明する機会があるので、Eさんが「選ぶのに迷わず、ちょうど良いところを選んだ」と言っています。会計監査法人らしいところが魅力のようです。

 そばで聞いていた何人かの社員達が、「あ、そうですか、事前に説明会があるんだ」「今度、説明会に出てみよう」「Eさん、どのくらい時間がかかるのかな、その説明会は」などと言い出し、Eさんは分かる範囲で答えていました。Dさんも言いました。

「こんなに反響があるとは、思わなったです。さっそく説明会を開きますので、よろしく・・・」

 

OJTと座学

 講座をまだ受けたことが無い社員Fさんが話し出しました。

「そうなのか、今の仕事に直接には関係なくても良いんだ。でも、今の仕事はまだまだ良く分かっているとは言えないのでどうしようかな、と思っていたので・・・」

 EさんがFさんに向かって、先輩の立場から話しましたが、助言のような内容です。

「よくOJTと言われているが、誰かが教えてくれるのではなく、自分自身が初めてだけどやってみたら、自分のモノになったことがありますよ。今の仕事のここがイマイチと分かっていれば、そのイマイチのところを例の講座で学んだらどうかな」

「でも、うまく行かなかったらどうしようと思うと、一歩前に出て行かないのですよ」

「そうならば、良く分かっている先輩なり上司にやる前に、仕事を始める前によく聞いたらいいんじゃないの。それには基本は講座で自分で勉強して、何処が分からないかをハッキリさせるんだ。そしてみんなそれぞれ忙しいので、先輩なり上司が空いている時に声をかけたらどうかな」

「どの点を注意したら良いのか、どうすれば注意すべき点が分かるのか、こんなことが分かればと思っているんですよ」

「そうか、自分が今までつまずいたところをメモしてあるから、それを貸しますよ、どうかな」

「そりゃーとっても助かります。来週明けにお伺いしますので、何時が良いのでしょうか」

 こんな具合で、ひとつ解決のめどがついたようで、二人は杯を交わしながら話が続きます。

 

座学が発展すると・・・

 Dさんは、座学研修の話からこんな具合に展開するのかと、先輩と後輩が仕事の進め方について話しこんでいるのを見ながら、言いました。

「座学研修は机上のことですが、実務に展開して役立っていることと強く思いました。早く早くと研修の効果を急ぐのではなく、講座をどのように利用されているのか、反応を見てゆきますよ」

 Cグループの責任者が「急がば回れ、と言うことなのかな」と言っています。

 Aグループの責任者Gさんも話し始めました。

「同じ講座を受けた人たちが私のところに居ますが、その人たちが集まっていろいろと話し合っていますよ。この間どんな話をしているの、と聞いたら”よく分からなかったところを出しあって、お互いに調べている”言っていましたから、これがひとつのきっかけにになるんじゃないかな」

 Gさんの話しに耳を傾けていたDさんは言いました。

「と、言うと・・・、調べた人たちが話し合いをする、社内の講座の始まりと言うことですか」

「そうなんだ、講座の中味に関心があるのだから、誰かに言われて出たのではないから、自然と集まって自分達で勉強会を始めたんだ。今度、出てみようかと思っているが、今は止めておくよ」

「自分達で勉強会を開いて、皆が関心を持つことを深堀りしている、こりゃあ凄いですね。これからどうなるのかな・・・」

「そりゃ、今はどうなるのか分からないが、どうだろう、すこし経ったら様子を聞いてみるよ」

「そうですね、勉強会は自分たちから言い出して始めたので、その点は尊重したいですね」

 

自身で気が付く

 中小企業診断士はかねてからB社長に、「社員自らが学ぶ気持ちを持たないと、いっくら担当を決め、予算を出してもダメですね」と話し合っていました。”待つ”と言うことが教育研修では必要、と言う点は一致しています。しかし、ただ”待つ”だけではありませんでした。Aグループの責任者は自分がまるっきり勉強会には携わっていないように話していましたが、これもB社長と中小企業診断士が話し合ったことで、責任者が日常の仕事のやり取りの中できっかけを作ってゆくことが必要で、それをB社長が応援しています。

 B社長は、どうしたら自分で気が付くようになるのか、中小企業診断士に投げかけてきました。「そうですね、やるのが楽しいと自分からやりますよ、それにやった結果が良かったとまたやりますね。これは、生活でも仕事でも同じじゃないですか。人に”やれ、やれ”と言われてやったことは仕事の上の指示だからしょうがないとしても、それだけでしょうか」

「そうですね、楽しい、良かったことがついてきて、自分でやる気が出てくると言うことですね」

「人から言われてやっても楽しさや良いことはあることはありますが、自分で気が付いてやると倍以上になるものですね」

「はじめて自転車にうまく乗れた時、もう少しだ、もうちょっとだ、と思っていましたからね。あれと、同じですかね」

「仕事ですから、失敗が大事にならないように周りが見ていて、手助けは要りますが・・・」

 

これからどうするか

 研修担当のDさんは、B社長と中小企業診断士の話を聞きながら、「これからどうしたら、良いのでしょうか、今日の皆さんの話しをこれからに活かして行きたいと思っていますが・・・」、とつぶやいています。B社長は、今日の話しは確かにいろいろあって良かった、と言いますが答えは出しません。Dさんが自分で考えだすよういつもの様に仕向けているのです。しばらく考えていたDさんが、言い出しました。

「ひとつは、座学講座の受け方というのか、Fさんが言っていたような案内を社内MLに出したいと思います。そして、同じ内容をツキイチの朝礼会に説明資料を配布して話してみます。ふたつめは、次の全員会合で少し時間を貰ってGさんのグループで行われている勉強会と言いますか、社内講座の話しをしたいと思います」

 B社長は、「そうですね、今、社内で疑問のあることや関心のあることを知ってもらうように進めたらよいと思いますよ」

 中小企業診断士は、「そうです、Dさんが言われている通りですよ。まずは実際にどのようになっているのか、これをつかむことが大事なことです。このような会合も活かされたらどうでしょうか」と話しかけました。

 Dさんは「今日もこれだけの人が集まっているので、できるだけ皆の意見や疑問などを聞いてきます。あれ、これって市場調査みたいですね、自分で皆の意見を聞くって・・・」、と言って他の卓を回り始めました。

 Dさんはどのような疑問や要望が社内にあるのか、つかむのが第一と分かり始めたようです。

「他人からお聴きすること」も大切ですが、加えて「自分自身が実際に聞いてみて、その中で考えてみる」ことはさらに大切なことです。

中小企業診断士 窪田 靖彦