受注部品生産から自社製品へ

 年の暮れとなりました。すこしは、来年につながるお話をします。

 M社長は、受注部品を生産していますが、自社製品の生産へ移りたいと願っています。工場を持っていますが、数年前に近県に土地の手配を済ませて、また、社内に自社製品を検討する部署も作っています。読者の皆さんもお気づきの様に、受注部品製造業は、どうしても顧客の製品の売上次第でこちらの業績が左右され、安定した経営が出来ないことを経験し、脱却したいと思っています。以下、機密に触れないように書いてみます。

 

受注部品生産から自社製品生産へ

 

 中小企業診断士は、経営者団体での講座で、受注生産にも、自社製品にも、それぞれ難しい点があることを話していました。M社長は、その講座で熱心に質問しており、名刺も交換していました。講座からしばらく経った後、電話があり、お会いすることになりました。時間はかかりましたが、部品の組み立てから始まって、やっと製品らしいものが見えてきた、とのことです。試作品K型が出来た段階です。そこで、どうやって売るのか、M社長は困って助言を求めてK型を車に乗せて来られました。

 M社長は、同行の方と共に、一通り製品の説明をされました。

 

新製品は機密を守ること

 

「K型の仕様など中身は、丁寧なご説明で分かりました。このK型は、どのようなことで、経過があって、動機があって作られたのですか」

「いや、私と社内でこんなことに関心のある者が話しているときに、こんなものはどうだろうか、と思ったのが始まりです。動機と言える立派なものはありません」

「では、初めのころや途中でも、お客様と思っている方々にK型を持ち込んでお見せしたと思いますが、どんなこと言われましたか、そのお見せした方からですが・・・」

 M社長は、しばらく黙っていましたが、言い難そうに話します。

「実は、まだ、誰にもお見せしていないのです。先生だけです、K型をお見せしたのは」

「そうですか、まだ、社外のどなたにもお見せしていないのですね。どうしてですか」

 M社長は、自分では特許権*1などが取れるのではないか、と考えており、中小企業診断士*2は国家資格なので顧客の機密を守って貰えると思い、当方へお見せしても大丈夫と思っていると話されました。

 

新製品のお客様はどこにいるのか

 

「様子は分かりました。今日は、どのようなお尋ねでしょうか」

「これから、どうやって進めたら良いかと言う事です。とにかく、今までは仕様が決まった品物の作っていて、代金をいただいていましたから、この辺が全く分からないのです」

「そうですね、このK型のお客様はどこにいるのか、どうやってそのお客様を見つけるのか、どうK型を説明してお買いいただくのか、等々はこれから詰めなければなりません。並行して、特許などのことは早急に詰めておくことは当然ですね」

「K型は、今の受注部品を組み立てた製品とはそうかけ離れたものではないので、今言われたことについては、調べれば分かると思います。また、分からないことがあればよろしくご指導をお願いします」

 今日話したことを白板に書いて整理しました。調べることは、①どのようなお客様にお買いいただくのか、②そのお客様はどこにいるのか、③そのお客様の数はどのくらいなのか、④そのお客様は何をK型に求めているのか、また、必要としているのか、⑤K型は、そのお客様の要望どのくらい応えているのか、⑥どうやってそのお客様にK型を知って頂くのか、です。加えて、⑦特許などの申請をどう進めるのか、です。そして、やがてお二人が書き取り終わりました。

 

価格は、どう決めるのか

 

「そのほかには、何かありますか」

「今日のところは、このくらいかと思いましたが、ほかの事と言われますので大事なことですので、メモを取ってください」

 M社長と同行の開発担当者は、慌てて手帳とノートを広げました。

「それは、価格をどのように決めるのかです。この説明はちょっと時間がかかりますので、これは宿題としましょう」

「そうですか、では、よろしくお願いします」

「お客様と考えている方々とお会いすると、価格の話になりますよ」

 その後、一カ月くらい経った時に、M社長から電話があり、また、お会いすることになりました。来られて、椅子に座った途端に直ぐに質問です。

「いや、幾つかお客様にお会いしました。すると、価格を聞かれました。言われた通りです、次は価格です。いろいろと考えたのですが、なかなかまとまらないので。また、価格の決め方について教えてくださるようお願いに来ました、よろしくお願いします」 

「それで、お客様にお会いしていろいろとご意見があったと思います。整理してみたと思いますが、どうでしょうか」

「言われたことは、第一に”他社の価格を調べて見たんか”と言う事でした。調べてみていませんでしたので、今、調べ始めたところです。次は、K型がどのような良い点があるのかです。言ってみれば当たり前で、どんな利点がお客さまにあるのかです。これらは、受注部品を生産しているときはありませんので、困っているところです」

 実際、お客様にお会いしてこのように直に言われると、身に染みるものです。

「他社と価格を比べる意味合いは、お分かりだと思いますが、念のため付け加えますと、相場観と言うのでしょうか、このような物はこれくらいだ、と言う事があります。その相場観に沿った価格であれば、競争できると言う事です」

 M社長と同行の方は、そうかと頷いています。

「次のことは、競争と言っても、価格に影響を与えることです。K型がどんな良さをお客様にもたらすかと言う事です。この間、ご説明された内容では、K型は省エネの効果があるとしていました。従来品と比べ、その省エネ効果がどのくらいのものなのか、例えば、電力量が減る量に電気料金単価を掛け合わせて効果金額を出すのも一つの仕方です。これも競争品と比べると分かりやすくなりますね。電力料金を削減が、例えば、1日8時間稼働したら、どのくらいになるのか、すると、K型の代金がどのくらいの期間で回収できるのか、と言ったものです。他社品と回収期間を比べると分かりやすくなり、売れる切っ掛けになりますね」

 同行の方から、質問が出てきました。

「アノー、今までは原価計算して、価格を算定していたのですが、それじゃまずいのでしょうか」

「それは、受注生産の場合のことでしょう。注文主が、貴社の価格を受け入れたら、契約が成り立つと言う事でしょう。K型が全く今まではない商品だったら、貴社で算定した価格が通ると思いますが、そうじゃないでしょう」

 同行の方も、分かったようですが、どう考えたらと良いのか尋ねてきました。

「今までの原価計算は、費用の積上げ計算です。これを二つに分けます。K型が試作を重ねて完成品になるまでの費用です。開発費用のことです。次は、K型を一台作るための費用です。生産費用のことです。K型は、ある程度経ったら改良型が出ます、と言うより、出します。その改良型が市場に出るまで売れる台数を想定します。その想定台数で開発費用を割り算して、一台当たりの開発費用回収額を出します。これに一台当たり生産費用を加え一台当たり総額を出します。この総額が、競争価格と効果価格と比べ、下回れば利益が得られる、と言う事になります」

「随分と複雑なんですね、これは」

「簡単に言えば、お客様から見て、魅力にあるK型が価格面でも言えるのかどうかでしょうか」

 

投資を回収するには、改良型を出す

 

 M社長が、ちょっと気になる様子で、尋ねてきました。

「先ほど、ある程度経ったら改良型を出すとのお話ですが、それは・・・」

「それはですね、自社製品の場合は、ある程度投資をしたりするので、継続しないとその投資を回収するのが難しいので、改良型を出す必要があると言う事です」

「すると、いつまでも現状のままのK型では、駄目と言う事になりますね」

 自社製品は良い点もありますが、努力しないとその良さも発揮できないことです。

 手当済みの土地が遊んでいる期間を短くするには、これからどうするのかにかかっています。このことを感じたかと思いますが、来られた時と比べると、M社長と同行の方は顔が引き締まっているように感じました。未だ、その他に課題があることは承知されています。そして、M社長は「また、よろしくお願いします」と言われました。

 M社長とのお付き合いは続くようです。

中小企業診断士 窪田靖彦

*1日本弁理士会ホームページから抜粋

知的財産とは、発明や創作によって生み出されたものを、発明者の財産として一定の期間保護する権利です。このうち、特許権、実用新案権、意匠権及び商標権を産業財産権といいます。

*2中小企業診断士の登録等及び試験に関する規則 第五条から抜粋

経済産業大臣は、申請者が次の各号のいずれかに該当する場合には、その登録を拒否しなければならない。  

七 正当な理由がなく、中小企業診断士の業務上取り扱ったことに関してしり得た秘密を漏らし、又は盗用した者であって、その行為をしたと認められる日から三年を経過しないもの